ブログ
しわしわ
2024-05-02
あの、ミツ子さんに会いに北海道へ行ってきました。(※2024年1月のブログ「三代目の押しかけ…!?」続報です。)
京都在住の林も、東京在住の友人も、それぞれ3人の子どもたち(三代目)を全部家に置いて、単身で乗り込みました。
23年ぶりに辿り着いたミツ子さんの家は新しく建て替わっていました。車を降りて2階を見上げると、私たちの到着を今か今かと待ち構えてくれていたミツ子さんの顔が、小さな窓からこちらを覗いていました。
2階に上がると、陽当たりのいい居間にミツ子さんは小さくちょこんと座っていました。しわしわの、でも記憶どおりのかわいらしい顔です。
97歳。
アシストしてくれた娘さんたちの話によれば、ミツ子さんは「元気なうちに北海道に来ませんか?」と私に年賀状をしたためた後、大晦日に2度目脳梗塞を起こし、その後肺炎も患い、もうダメだという状態になったそう。「それが何故か元気になって」って。
いや、これはもう私に会うために生き永らえたとしか考えられません! 勝手(笑)
私と友人を23年前に泊めたこと、その友人のお父さんが高校生の時に泊まるところが無く困っているのを助けたこと、そのお父さんは10数年前に若くして他界してしまったこと。
ミツ子さんはちゃんとわかっていました。たとえ今話したことはすぐに忘れてしまっても、昔、私たちに愛を注いでくれた記憶は、くっきりと、そこにありました。深く刻まれたシワのように。
別れ際、私は「さようなら」と言って手を握りました。するとミツ子さんはハッとした顔で私を見つめ、「あたたかいのね!」と言い、両手で握り返してくれました。
しわしわで、でも柔らかく気持ちのいいミツ子さんの手。私は一生忘れません。
本当に会えてよかった。
京都在住の林も、東京在住の友人も、それぞれ3人の子どもたち(三代目)を全部家に置いて、単身で乗り込みました。
23年ぶりに辿り着いたミツ子さんの家は新しく建て替わっていました。車を降りて2階を見上げると、私たちの到着を今か今かと待ち構えてくれていたミツ子さんの顔が、小さな窓からこちらを覗いていました。
2階に上がると、陽当たりのいい居間にミツ子さんは小さくちょこんと座っていました。しわしわの、でも記憶どおりのかわいらしい顔です。
97歳。
アシストしてくれた娘さんたちの話によれば、ミツ子さんは「元気なうちに北海道に来ませんか?」と私に年賀状をしたためた後、大晦日に2度目脳梗塞を起こし、その後肺炎も患い、もうダメだという状態になったそう。「それが何故か元気になって」って。
いや、これはもう私に会うために生き永らえたとしか考えられません! 勝手(笑)
私と友人を23年前に泊めたこと、その友人のお父さんが高校生の時に泊まるところが無く困っているのを助けたこと、そのお父さんは10数年前に若くして他界してしまったこと。
ミツ子さんはちゃんとわかっていました。たとえ今話したことはすぐに忘れてしまっても、昔、私たちに愛を注いでくれた記憶は、くっきりと、そこにありました。深く刻まれたシワのように。
別れ際、私は「さようなら」と言って手を握りました。するとミツ子さんはハッとした顔で私を見つめ、「あたたかいのね!」と言い、両手で握り返してくれました。
しわしわで、でも柔らかく気持ちのいいミツ子さんの手。私は一生忘れません。
本当に会えてよかった。
